English | 研究室員募集 | アクセス
>トップ > 比較惑星学 > 月
  月       

 

 比較惑星学

  ・天体衝突

  ・タイタン

  ・火星

  ・

  ・惑星大気

  ・氷惑星・カイパーベルト天体

 地球・生命

 観測・探査

 実験装置

   (Apollo 17号による月面探査の様子。写真:NASA提供)

月の起源と進化は、地球の起源と進化を理解する上でどうしても避けて通
れない問題です。また、惑星探査をするためには、最も地球に近い星であ
る月にまず行く必要があります。月に行く技術なしに火星や金星に行くこ
とは大変困難です。月は惑星科学、惑星探査において、理学的にも工学的
にも通り過ごすことができない天体なのです。


           隕石重撃

月の表面において最も顕著なのは、数多あるクレーターです。クレーター
が天体衝突でできたことは、今では常識になっています。しかし、アポロ
計画によって月面の詳細な探査が行われるほんの30年ほど前までは、火
山起源説と衝突起源説が拮抗していて結論が出ていませんでした。回収さ
れた月の試料に衝突メルトや砕屑礫岩など天体衝突が激しく起こっていた
証拠が明らかにされて始めて衝突起源説が決定的になったのです。
 また、放射性同位体測定比を用いた正確な年代測定が行われ、衝突メル
トの形成年代が38億から40億年前に集中していることも分かってきま
した。つまり、この時代に激しい巨大隕石の衝突(隕石重撃)があったこ
とがわかるわけです。ところが、この38億年から40億年という数字は、
実は非常に奇妙な数字です。というのは、月が形成されたのは約45億年
前なので、それから5〜7億年もの時間がたっているのです。惑星集積の
理論計算からは、こんなに長い期間にわたって惑星の集積し残りの微惑星
が内側太陽系に留まっていることは非常に難しいという結果が出ています。
また、月形成から5〜7億年もの期間にわたって高い頻度での小天体(or
巨大隕石)の衝突が続いたとすると、月の地殻には非常に大量の親鉄性元
素(イリジウムや白金など)が隕石によって持ち込まれることになります。
しかし、実際の月の地殻に見つかる親鉄性元素は、この推定よりはるかに
低い濃度でしかありません。
図1.月を覆うクレーター。月面に激しい隕石衝突があったことを
物語っている。(NASA提供)


 この矛盾を解決するために提案されたのが、大地変仮説(Cataclysm)で
す。これは、以下のようなシナリオです。激しい微惑星の衝突は、月の形
成後1億年程度以内に終息し、数億年間静穏な期間が続く。その後再び何
らかの原因により小天体の月への衝突頻度が激しい時期(大地変期)を3
8〜40億年前に迎える。大地変期が終わった後は、隕石衝突頻度が現在
にかなり近い低い値になる。
 この仮説を支持する証拠が、ウラン鉛同位体比の測定にも見つかってい
るため、この仮説を支持する研究者はかなり多くいますが、大地変を引き
起こしたメカニズムが不明な点、大地変がなければならないことを示す確
固たる地質学的証拠見つかっていないため、未解決問題として残っていま
す。
 この38〜40億年前というのは、地球上に生命が生まれり、大陸が大
きく成長した時代であるとも考えられており、この時代に巨大隕石の激し
い衝突があったのかどうかは、地球史を理解する上でも非常に重要な問題
です。この問題を解決するためには、集積理論のより深い理解と共に、月
面のより広範囲の年代測定が必要です。


          月の二分性

月のクレーターの火山起源説がが支持された大きな理由の一つは、巨大ク
レーターにほぼ必ず熔岩流が付随していることでした。この熔岩の溜まっ
た地形は海と呼ばれ、それ以外の場所(高地)と区別されます。しかし、
熔岩の海は表側に特に顕著な地形で、地球から見えない裏側や極側にはあ
まり多く分布していません。裏側や極側には、したがってクレーターばか
りがある非常に凹凸の激しい地形が広がっており、表とは全く違った惑星
を見ているようです。このような表と裏の大きな違いを、よく月の二分性
という言葉で表します。火星にも北半球と南半球に大きな違いがあり、こ
のような二分性は、中型の惑星に比較的普遍的な現象なのかもしれません。
図2.ガリレオ探査機の撮影した2枚の月の写真。右は地球から見る月に近
い画像である。この画像では黒い海が卓越しているのが分かる。また、左端
の中央やや下に巨大クレーター「東の海」が見える。左図では、この東の海
が中央にくる構図になっており、画像の半分以上が裏側を撮している。ほと
んどが白い斜長岩からなる高地で構成され、黒い玄武岩の海が非常に少ない
ことが分かる。写真NASA提供
このような表と裏の違いは、地形高度や重力にも現れています。表側の高
度はその他の地域に比べて低く、またフリーエア重力異常も大きな正の値
を示します。さらに重要なのは、地形高度と重力異常から推算される地殻
の厚さが、表と裏では激しく違うことです。表では60〜70キロ程度の
厚さがあるのに対し、裏では100キロ程度の厚さと推定されています。
この地殻の厚さの違いのため、月では形状中心と質量中心が約2キロもず
れています。
 このような月の二分性は、月の内部構造の起源と進化の過程に深く結び
ついているはずです。月の二分性の原因の究明は、今後の月科学の中心的
テーマの一つです。2007年9月に種子島から打ち上げられた月探査衛星「かぐや」
は、まさにこの問題解決を目指して月に向かいました。
「かぐや」の子衛星の一つ、「おきな」は別名「リレー衛星」と呼ばれるもので、
月の裏側の重力場を計測するためのものです(重力探査の項参照)。
これにより、世界で初めて、月の裏側の重力場が計測されました。
その結果、月の二分性は「見た目」、つまり表面の薄い部分だけでなく、
地殻とマントルの境界、そしてそれより深くまで浸透していることが明らかになりました。
「おきな」は2009年2月にその役目を終えて月面に衝突しましたが、
二分性の議論はまさにこれから、といったところです。
図3.クレメンタインによる月の地形高度分布図。右が表側、左が裏側。NASA/JHU提供
図4.クレメンタインによる月の重力分布図。図は全球をカバーしているが、
実際には裏側の重力データには、ほとんど情報が含まれていない。
NASA/JHU提供
         月の内部構造

月面から回収された試料のもたらず化学情報と、周回衛星や月震計がもた
らす物理探査情報を総合することによって、月の内部構造の概要が分かっ
てきました。月の最外殻は、斜長岩というアルミやシリコンに富んだ軽い
岩石でできた地殻が覆っており、その厚さは60〜100kmです。その
下には地球と同じようなカンラン石や輝石を主体としたマントルがありま
す。このマントルの部分熔融によって海の玄武岩ができると考えられてい
ます。地球ではマントルの内側には、金属核があり、半径の約半分程度を
金属核が占めていますが、月にはそのような大きな金属核は見つかってい
ません。あっても半径の1/4程度ではないかと予想されています。半径
では倍しか違いませんが、体積あるいは質量では1桁の違いになります。
つまり、地球と月では惑星の主要構成元素である金属鉄の量が1桁も違う
ことになります。地球と月が同じ材料物質から作られたとすると、これは
非常に大きな問題です。
 この問題を解決するには、月の中心核の大きさがどのくらいなのか正確
に測定することが最重要課題です。中心核の大きさは、重力場の低次項
に強く制約されるので(重力探査の項参照)、この低次項の正確な値が
求められています。JAXAと国立天文台は、「かぐや」の2つの子衛星
「おきな」と「おうな」をVLBI観測することによって、重力場の低次項を
を高精度で決定することを試みています。
私たち杉田研も、このVLBI観測のデータ処理に参加していて、
月深部の実像に迫っています。


          マグマオーシャン

月の内部構造で触れた斜長岩質の厚い地殻があるという記述は、実は月の
起源と進化について重要な情報を含んでいます。それは、月が大規模熔融
事件を経験したことを意味するからです。月の地殻は、その9割までが斜
長石という鉱物でできていますが、これほど単一の鉱物が大きな割合を占
めて惑星地殻を構成するためには、大規模な熔融過程が必要です。また、
マントル起源である玄武岩との間には、Euという希土類元素の負の相関が
見つかっています。詳細は省きますが、この化学的証拠はマントルと地殻
が一つの熔融体から生まれ、その際にEuのやり取りが起きたということ
を示しているのです。
 これら一連の証拠から、月にはかつてマグマの大洋(マグマオーシャン)
があったことが明らかになってきました。しかし、惑星の集積理論とその
初期熱史の理論計算を行うと、月のような小さい惑星では、よっぽど急速
に集積が起こらない限り微惑星の集積により解放される重力エネルギーは
熱放射として宇宙空間に効率よく逃げて行ってしまい、表面が全球的に熔
融することは非常に難しいことが分かってきました。この問題を回避する
ために、月のマグマオーシャンは全球的な熔融ではなく、部分的一時的な
熔解の積み重ねによって説明できるという仮説も提案されています。しか
し、この仮説にも様々な問題が指摘されていて、全体としては全球熔融説
の方が有力視されています。いずれにしても、マグマオーシャン仮説を巡
る理論と観測事実の矛盾は非常に重要で、現在の月の科学の最先端の問題
となっています。


            月の起源

 マグマオーシャンの存在と共に、月には幾つかの重要な特徴があり、そ
れらは月の起源を考える上で、どうしても説明しなければならない制約条
件となっています。

1. 地球・月系は、他の地球型惑星に比べると回転運動量が異常に大きい。
2. 月と地球では、酸素同位体比が同じ分別曲線状に載っており、同一の
材料物質からできたことを示している。ちなみに火星や小惑星の酸素
同位体比は地球の分別曲線には載らない。
3. 月は地球に比べ、 水やナトリウムなど揮発性物質が圧倒的に少ない。
4. 月は地球に比べ、鉄が少ない。
5. 月は、その小さいサイズにもかかわらず、いったん全球溶融した。

これだけの制約条件が揃うと、それまでに幾つか考えられていた月の起源
説をかなり絞り込めるようになりました。月の起源説の主要なものは、

1. 共集積説。月と地球は同じ材料物質から同時期に形成した。
2. 捕獲説。月と地球は太陽系の別の場所で形成し、月が地球の重力によっ
て捕獲された。
3. 分裂説。月は高速回転している地球から分裂して形成した。
4. 巨大衝突説。成長途中の地球に他の原始惑星が衝突して月が形成した。

 金星は、地球とは似てもにつかない表層環境を持っています。その意味


です。最初の3つは、アポロ計画で月についての知識が飛躍的に増える前
から提案されてきたものですが、上の制約条件が揃うと、どれも正解でな
いことが明らかになってしまいました。そうした状況を踏まえて提案され
たのが、4つ目の巨大衝突説でした。
 この巨大衝突説は、地球質量の十分の一程度(火星程度)の大きさの原
始惑星が、地球に斜め衝突すると、岩石蒸気からなる周地球円盤が形成さ
れ、その円盤から月が形成するというものです。最初の斜め衝突により、
非常に大きな角運動量が供給されます。また、周地球円盤には地球由来の
物質が多く含まれるために月の酸素同位体は地球のそれと一致することも
説明が難しくありません。さらに、岩石蒸気からの集積により揮発性物質
の散逸が促されることも期待されます。鉄の欠乏は、周地球円盤には、地
球の金属核は参加せず地球マントルと衝突天体物質のみが参加することで
定性的には説明が可能です。最後の全球熔融は、周地球円盤上での集積は
周太陽軌道上での集積に比べ圧倒的に早いことで問題が解決されます。ま
た、このような巨大が原子惑星の衝突が比較的頻繁に起こりうることも、
最近の惑星集積理論の発展によって分かってきました。
図5.超巨大衝突の想像図。月は、火星と同じくらいの
原始惑星が成長最終段階にある地球に衝突して作られた
のではないかと考えられている。
 このように巨大衝突仮説は、他の仮説が説明不可能であった制約条件を
うまく説明することが可能なため、現在多くの科学者から支持されていま
す。しかし、正確な数値シミュレーションで巨大衝突仮説のシナリオを定
量的に検証しようとすると、幾つもの問題が見つかってもきました。たと
えば、巨大衝突によってできる周地球円盤には、地球のマントル物質は当
初予想されていたより少ない量しか参加せず、多くは遠方より来たかもし
れない原始惑星の物質が占めることが分かってきました。これでは、酸素
同位体比の問題が解決されません。また、巨大衝突で月を月の材料物質は
いったん蒸発するから揮発性成分は散逸するという考え方も、それほど単
純ではないことも分かってきました。というのは、重力があるので周地球
円盤から揮発性成分は簡単には逃げ出すことはできないのです。揮発性成
分が逃げ出さないと全て月に取り込まれてしまいますから、地球と同じよ
うに水に満ちた惑星ができてもおかしくないことになってしまいます。
 これらの問題は、現在の月の起源論の中で中心的な課題で、多くの研究
者が様々な角度から取り組んでいます。上に述べた月探査計画と連携した
取り組みによって近い将来解決され、太陽系の起源と歴史についての新し
い知見をもたらしてくれるものと期待されています。

(C)2009 Seiji Sugita Laboratory. All Rights Reserved.