(目標)地球に生息する微生物のうち特定の種は、地球を離れ火星の環境でも繁殖することが事実上可能だという結果が、国際宇宙ステーションでの実験から導かれた。パンスペルミア仮説や微生物の惑星間移動の可能性の検証のため、微生物にUVを照射してその影響を明らかにする実験がこれまでに数多く行われてきた。しかしながら大部分の実験では、波長域が200~400nmのUVを照射しており、EUVは照射されていない、もしくは、サンプルがEUVを吸収する素材によってカバーされており、微生物にEUVが直接曝露していなかった。

したがって、これまでの実験では微生物に対するEUVの影響を過小評価している可能性がある。本研究では、放射線耐性極限環境微生物Deinococcus radiodurans (D. radiodurans )にEUVを照射しEUVに対する耐性を調べ、D. radiodurans の宇宙空間における生存可能性について考察する。

培養して対数増殖期となったD. radiodurans 菌液を照射用プレートに接種した後に風乾し、EUVを0.1-10 μW/cm2@30.4nm照射する。照射量の増加に伴うD. radiodurans の生存率の変化を、寒天平板培養法とアデノシン三リン酸(ATP)検出法によって測定する。寒天平板培養法は増殖可能な菌体の生存を確認する方法であり、ATP検出法は不活性化して増殖が不可能となった菌体でも生存を確認できる方法である。

比較対象として、Escherichia coli ( E.coli )等 についても同様の検討を行う。本研究では、EUV実験技術および微生物取扱い技術を要するが、長年EUVを用いて惑星探査を行ってきた当研究室と、医学微生物系研究室(国立看護大学校 森准教授)が共同で本研究を実施する。

 

【アストロバイオロジーとの関連 / Relevance to Astrobiology field】

D. radiodurans はUVや放射線に高い耐性を持つため、宇宙空間でも生存できる可能性のある微生物である。宇宙空間にはそれ以外にも、EUVやX線など、生物に影響を与えうる物理エネルギーが存在する。したがって、パンスペルミア仮説や微生物の惑星間移動の可能性の検証のためには、これらの宇宙エネルギーに対する生物の反応についても理解する必要がある。

増野ら(2008)は、実験室環境下でD. radiodurans とE.coli にX線とFeイオンを照射し、コロニー形成数(Colony forming unit: CFU)とATP量を測定し、照射量の増加に伴うD. radiodurans とE.coli のCFUと細胞内ATP量の変化を観察した。

両菌種とも照射量の増加に伴ってCFUと細胞内ATP量は減少するが、D. radiodurans のATP量においては減少が緩やかであること、Feイオンの方が細胞内ATP量の低減がより緩やかであることが明らかになった。また、地上約300kmを飛行するロケットにて電離圏を飛来するEUVに曝露させたところ、菌量がコントロールの10-4に減少した(Saffary, 2002)。

しかし、電離圏はEUVの他にも、乾燥、高温、他の電磁波など、菌の生存に影響する要因が存在するため、この結果は各々の単独作用および相互作用の総体としての菌の変化をみたものである。地球環境に適応して生息するD. radiodurans へのEUVの影響を検証するためには、地上でのEUV照射による定量的な観察が必要であるが、まだ実施されていない。

 

【詳細計画 / Research plan in detail】

我々はこれまでに、極端紫外波長域(EUV)を用いた太陽系の探査や、EUV放射光を用いた観測機の較正実験を行ってきた。

この波長域の実験は真空中で行う必要があること、透過する硝材がなく反射鏡には特殊な設計が必要なことから、実験には特別な技術と機器を要する。これまでのEUVでの実験技術と開発した機器を適用し、D. radioduransのEUVに対する耐性を調査する。国立看護大学校の森准教授の指導の下、D. radioduransとE.coliの培養およびサンプルからの回収プロトコールは当研究室で既に確立した。

D. radioduransは802液体培地に接種し、30℃で72時間振盪培養する。E.coliはブレインハートインフュージョン液体培地に接種し、35℃で24時間振盪培養する。

各培養液から1mL取り、菌体を遠心分離(15分、6300rpm)して集菌し、上清を捨ててリン酸緩衝液で洗浄する。2回の洗浄後、リン酸緩衝液に菌を懸濁し、希釈系列を作る。各濃度の懸濁液それぞれ0.01mLを照射用プレート上に滴下して風乾し、コントロールおよびEUV照射サンプルを作成する。

サンプルへのEUV照射は極端紫外光研究施設(UVSOR)で実施する。EUV照射量による生存率の変化を観察するため、EUVを0.1-10 μW/cm2@30.4nmの条件でサンプルに照射する。この照射量は、太陽から1AU離れた地点での太陽極端紫外線の中で最も強度が強いHe II(30.4nm)の放射量の1倍から100倍程度に相当する。太陽系外にも生命が存在する可能性が近年議論されているため、この強度範囲で試験を行う)UVSOR(愛知県)での実験は、研究代表者、研究協力者、大学院生(修士、2名)で行う。EUV照射後、サンプルにリン酸緩衝液0.1mLを滴下し、菌体を再懸濁して回収し、寒天平板培養法およびATP検出法で生存率を算出する。

1)寒天平板培養法
寒天平板培養法は照射後のサンプルに含まれる菌体を寒天平板培地に塗布し、培養後に形成されたコロニーを計数する。増殖能に異常を持たない菌体の生存を確認する方法である。EUV照射後、
D. radioduransについては回収した懸濁液全量を802寒天培地に塗布し、寒天培地上にコロニーが形成されるまで30℃で培養する。E.coliは回収した懸濁液全量をブレインハートインフュージョン寒天培地に塗布し、35℃で24時間培養する。コロニー形成後、寒天培地上のコロニーを計数し、生存率を算出する。

2)ATP検出法
今回の研究ではATP(アデノシン三リン酸)の細胞内量がEUVの照射によってどのように変化するかも調べる。ATPは生体エネルギー通貨とも呼ばれ、エネルギーの放出、貯蔵、物質の代謝、合成に重要な役割を果たし、全ての真核生物や真正細菌が利用する。ATPが残存していることは細菌が生存していることと同義であり、不活性化して増殖が不可能となった菌体でも生存を確認できる。寒天平板法と合わせればより正確な結果が得られる。EUV照射後、D. radioduransとE.coliの回収した懸濁液全量にATP測定試薬を加え、ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応による発光をATPテスターで測定する。予め作成したD. radiodurans と E.coli の検量線を用いて、ATPの発光量から生存菌数を求め、生存率を算出する。

1)2)より、EUVの照射量とD. radiodurans とE.coliの生存率から生存曲線を求め、EUVのD. radiodurans とE.coliに対する影響を検証する。