木星は半径が地球の約11倍と太陽系最大の惑星ですが、固有磁場の強度も地球の約2万倍と強大です。この固有磁場が太陽風に対してバリアのような役割を果たして形成される木星の磁気圏(※1)も大きさや駆動されるエネルギーの点で太陽系で最大級のものとなっています。

地球と木星の磁気圏の振る舞いの違いを示す一つの例としてオーロラがあります。オーロラは磁気圏に存在するプラズマが何らかのエネルギーを得て磁力線に沿って惑星の極域に降り込んで起こる発光現象です。地球のオーロラは主に太陽風と磁気圏の相互作用に起因する擾乱によって発生するため、常に見られる訳ではありません。

一方、木星の極域では常にオーロラが発生しています。木星の磁気圏には噴火活動を行うイオ衛星(※2)という粒子の供給源があり、磁気圏全体が周期10時間で共回転(※3)していることによって巨大な発電機として化しています。これにより、木星の極域には常に高エネルギーの粒子が降り込み、オーロラの発光としてエネルギーを放出しているのです。

磁気圏に存在するプラズマは基本的には磁力線を横切って移動することがありません。そのため、強い固有磁場を持つ木星磁気圏の中では木星の近傍の領域(内部磁気圏)と遠方の領域(外部磁気圏)との間では粒子やエネルギーのやり取りは非常にゆっくりとしか行われないと考えられてきました。

しかし、ガリレオ探査機(※4)やハッブル宇宙望遠鏡(※5)などによって木星のオーロラや磁気圏の詳細な観測が行われてくる中で、広大な木星磁気圏の広域に渡る連鎖的な変動が数時間から数日という非常に短い時間スケールで発生していることを示唆する観測結果が得られるようになりました。

このような変動を担う、木星の外部磁気圏と内部磁気圏を繋ぐエネルギーの輸送機構の特定が、木星磁気圏の研究における一つのトピックとなっています。

 

吉川らは90年代後半に極端紫外波長域の光学系技術を更に進展させ、イプシロンロケットを用いた小型科学衛星計画(初号機)に参画し、極端紫外波長域における惑星望遠鏡(EXCEED:Extreme Ultraviolet Spectroscope for Exospheric Dynamics)の開発チームを主導した。この望遠鏡は「ひさき」衛星として2013年に打ち上げられ、現在も太陽系惑星の観測を継続している。「ひさき」衛星は、地球周回軌道(954km x 1157km)から惑星大気・プラズマが放射する極端紫外光(52 – 148 nm)を観測する惑星観測専用の望遠鏡である。その特徴は、世界最高の波長分解能と感度、更に、広い画角(1次元、6分角)を有し、惑星観測に特化した長期間観測ができる事である。対象としている惑星は金星、火星、木星、土星であるが、これまで木星の内部磁気圏の観測で大きな成果をあげている。

比較惑星磁気圏学の観点から地球と木星の対比は大変興味ある課題である。地球磁気圏の大規模な構造とダイナミクスは太陽風の影響を大きく受けて変動しているのに対し、木星は地球に比べて自転が速く固有磁場が強力であり、一方、太陽風の磁場や動圧は弱い。そのため、木星では太陽風の影響を受けにくく、自転効果(共回転)が支配する内部磁気圏を形成している。1990年代のガリレオ探査機はこの共回転領域が木星半径(RJ)の100倍以遠にまで拡がっている事を観測した。

MHDの概念を適用すると、内部磁気圏の中で動径方向にプラズマを輸送する事は極めて困難である。一方、木星には多数の衛星があり、特にイオ(Io)には活発な火山活動があり、噴出した火山ガスが電離して共回転磁場に捕捉され、トーラス状の濃いプラズマ領域(Io Plasma Torus:IPT)を形成している。これまでの観測結果から、IPTは内部磁気圏の主要なプラズマ源となっている事が示唆されており、また、IPTが放射する極端紫外光のエネルギー源は解明されておらず、長年議論されてきた。

吉川は、まず、「ひさき」衛星によるオーロラとIPT(及びその近傍)の同時かつ長期間観測から、オーロラの突然増光が発生した後、10-13時間程度の時間差でIPTが増光している事を明らかにした。これは、自転効果が支配的な木星磁気圏であっても、オーロラの変動を引き起こす赤道面内の領域(木星中心から30-40 RJ離れた領域)から短い時間でIPTにエネルギーが注入されている事を示唆している。これは、従来の木星磁気圏の理解の枠組みでは予想できなかった事実である。

更に、衛星イオの火山噴火とそれが磁気圏に及ぼす影響について明らかにした。すなわち、火山ガスの電離によるIPTのプラズマ密度の増加、IPTから内部磁気圏の外(中間磁気圏)へのプラズマ輸送、オーロラの活発化、そして、内部磁気圏へのエネルギー注入の増大に至る一連の動きを明らかにした。IPTのプラズマ密度の増加からオーロラの活発化まで約20日間を要し、内部磁気圏から外側領域へのプラズマ輸送が拡散的なダイナミクスに支配されている事が示された。

そして、吉川は、この動径方向のプラズマ輸送がIPTの放射エネルギーに関する問題を解く手がかりになると主張している。前述したように、ボイジャー探査機やカッシーニ探査機の木星フライバイ時に計測されたIPTからの放射光強度のエネルギー源について長年議論されてきた。つまり、IPT放射の主たるエネルギーは、火山ガスに起源をもつプラズマが高速に回転する木星磁場に捕捉されたときに得られるが、これだけでは計測された放射エネルギーを説明できない。

「ひさき」衛星は、衛星イオと木星磁場の相互作用に起因する電子加熱現象も捉えたが、これはIPTの放射エネルギー全体の1割程度の寄与であり、やはり放射エネルギーの総量の説明には足りない。しかしながら、共回転が支配する磁気圏の内側にエネルギーや物質を外から注入することは不可能であると考えられていた。このような状況の中、吉川は、「ひさき」衛星によるプラズマの動径分布の導出や突発的に起こるIPTとオーロラの順次活発化の発見から、IPTの放射エネルギーの一部は内部磁気圏の外から拡散的に運ばれてきたエネルギー(高温電子)であるという証拠をつかみ、長年の問題に終止符を打った訳である。

また、IPT放射光の朝夕非対称性と太陽風動圧の間に相関があることを明らかにし、太陽風擾乱の影響が内部磁気圏深部にまで到達しているという予想外の観測証拠をつかんだ。IPTの朝夕非対称性(朝方に比べて夕方側の増光)は磁気圏内の朝夕方向の電場増加で説明できるが、それは、太陽風と磁気圏境界面の間の粘性効果による尾部方向流れの増加、あるいは、region-2電流の増加のいずれかによると解釈される。今後、木星磁気圏の更なる観測でそのメカニズムが同定されることが期待される。

磁気圏尾部(木星中心から100RJ以遠)の領域ではMHDで記述されるダイナミクスがエネルギーとプラズマの輸送を支配していると考えられる。尾部で解放されたエネルギーがMHD的な流れによって共回転領域の外縁まで運ばれた後、「ひさき」衛星が捉えた現象に如何にしてつながるかは未解明の問題である。今後実施予定のJUNO(米国の木星探査機)との共同観測や将来の木星探査計画JUICEによる詳細な観測が磁気圏尾部におけるエネルギー解放から始まる内部磁気圏深部へのエネルギーや物質の輸送に関する理解を深めてくれるであろう。

「ひさき」衛星は木星をはじめとする巨大惑星の将来の磁気圏探査に明確な方向を与えたと云えるであろう。
このような状況の中、以下に記す研究テーマが未解決問題として残っている。

IPT brighteningsのライトカーブ

IPTの増光位置(朝夕非対称、木星からの距離)

IPTとオーロラの増光の因果に関する研究テキスト

その他の課題