データは2025年から得られる予定である。博士課程進学を含め、以下のテーマで協働できる学生を求む。

 

2018年、べピコロンボ水星探査計画により日欧協同で打ち上げた探査機は、今年4月に無事、金星近傍を通過した。吉川研究室を中心とするチームは、この探査機に搭載した紫外線分光器とナトリウム大気カメラを開発した。申請課題では、この観測機の性能評価モデルを用い、欧州が実施しているAfter-Launch-Qualification(ALQ)プログラム(観測機打ち上げ後の性能評価プログラム)に参加し、科学データ処理の質を向上させる。ALQプログラムの一環として、フランス国立科学研究センター(CNRS)の大気環境宇宙空間研究所(LATMOS)とソレイユ放射光施設において、フランスと日本のチームが協同で紫外線分光器の性能評価を行う。紫外線分光器の設計段階から関わってきた日仏両国の当時の開発メンバーと若手研究者が協働で実験を行うことで、観測機開発から得た知識・技術・経験を次世代の後継者に引き継ぐ。また、水星大気の生成と維持のメカニズム解明に向け、水星土壌と水星近傍のプラズマ、微小隕石との相互作用について、ベルン大学(スイス)において、本チームとスイスの室内実験チームが協働で水星表層環境を模した室内実験を行う。惑星表層と宇宙プラズマ等の相互作用に関する室内実験データを取得し、理論値の精度を高め、探査機の水星到着後のデータ解析に備える。

 

2018年、べピコロンボ水星探査計画により打ち上げた2機の水星探査衛星(みお衛星およびMercury Planetary Orbiter:MPO)は、現在宇宙空間を水星に向け飛行中であり、到着は2025年を予定している。吉川研究室を中心とするチームは、(1)紫外線分光器の再較正実験をフランス開発チームと協働して行う、(2)スイス研究チームと協働して、水星ナトリウムカメラの画像解析時に有用な室内実験データを取得する、という2つの計画を遂行する予定である。

(1)日本と欧州の研究チームが協同で進めてきたベピコロンボ水星探査計画の中で、本研究課題申請チームは、搭載観測機(フライトモデル)の製造と同時に、それと完全に同等な性能評価モデルを製造した。従来の日本の進め方では、開発チームの過去の経験に基づいて性能変化の見積もりを行うのが常套であり、フライトモデルのみを製造する。2025年の水星到着から得られる科学データもこの見積もりを基に、物理量(大気光の明るさ[レイリー]や大気の密度[m-3])に変換される予定である。しかし、このような方法では物理量の正確さを欠くため、科学データが十分には活用されない可能性がある。日本の衛星はハードウェアに優れていても、科学データに基づく議論が十分にできず、結果的には国際的な共著論文の数は伸びていない。一方、欧州では既にAfter-Launch-Qualification(ALQ)プログラムに対し研究費(Euro 2020)を確保し、2019年度から本格的に活動を始めている。

本チームは、フランス国立科学研究センター(CNRS)大気環境宇宙空間研究所(LATMOS)のエリック ケムレ博士の率いる開発チームと2002年頃から協働して紫外線分光器の開発を進め、探査機搭載に至った。欧州宇宙機関(ESA)からの要請と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力により、日仏の両チームが紫外線分光器の各々の担当部位の性能評価モデルを製造したため、性能評価モデルを利用した欧州のALQプログラムへの参画が可能である。フライトモデルの経験している環境が、いかなる性能劣化を引き起こしているかを検証し、データ処理の質を上げる試みは日本では画期的である。科学データの質改善の効果は大きく、研究成果の拡大や成果の社会的利用が見込まれる。

搭載用観測機の開発から5年が経過した。性能評価モデルは、製造から打ち上げに至るまでの期間の環境はフライトモデルと同等な温度、湿度、圧力の条件下に置き、打ち上げ後は宇宙環境を模した放射線曝露試験を加速下で実施している。今後は、日仏開発チームが協働して、CNRS LATMOS研究所において観測機の再組み上げを行い基本的な性能試験を実施した後、ソレイユ放射光施設において観測機の詳細な性能評価を行う。ソレイユ放射光施設は国内の施設よりも優れており、極端紫外線を含む紫外線全域において、波長分解能(λ/Δλ=50,000)と安定的な強度(1TW 以上)で実験が行え、精度の高いデータが得られるため、フランスで実験する意義は大きい。

また、日本の宇宙科学分野では「打ち上げるまでが研究活動である」と考える風潮がある。観測機の開発に関する費用はJAXAにより支弁が得られたが、衛星が打ち上がった後このような性能評価プログラムへの支援はない。ALQ参加により「科学成果を創出するまでが研究である」という考え方に成長できる絶好の機会である。

2002年から始まったベピコロンボ計画は、20年以上にわたる長期計画である。そのため、開発に関する知識・技術・経験の世代間の継承が必要である。欧米では、大型探査計画が高い頻度で遂行されているため、若手も計画に参加する機会が得やすく、効果的に世代交代ができている。また、先に述べたALCプログラムのような試みにより、参加する若手研究者へのOn the Job Training (OJT)が可能になっている。日本も、ベピコロンボ計画を通して、欧州のやり方を学ぶべきであると考える。

ESAが建造したMPO衛星の搭載機器の中では、本チームの紫外線分光器だけが日本の開発部位であるが、これを通してALCプログラムに参画する。本研究課題申請チームは、2002年の開発当初からフランスチームと協働で機器開発を行ってきた初代メンバーと、当該分野における中堅および若手実験研究者による混成チームである。日本は打ち上げ機会が少なく、中堅がマネジメントや指導を、若手が技術やサイエンスを実体験する機会を得ることが難しい。観測機開発や国際的協働研究における知識・技術・経験を若手研究者に引継ぐために、フランスチームと研究開発する意義は大きい。大型計画を高頻度で遂行できない日本の宇宙科学分野において、このようなOJTは貴重である。

研究代表者(吉川一朗)は、「みお」衛星搭載水星ナトリウム大気カメラの主開発者(PI)であり、ベピコロンボ計画の立案段階から、技術試作、開発・製造・較正実験、打ち上げまでを実施した。また、MPO衛星に搭載した紫外線分光器においては、吉川は日本側PI (全体PIはフランスのケムレ博士)である。中堅の研究分担者(野澤宏大)と研究協力者(吉岡和夫、村上豪)は、上記2つの観測器の開発の中核を担った人物であり、現在は高等教育の場で職を持っている。

この4名と、3名の若手研究者(博士課程学生2名、ポスドク1名(研究分担者))が2台の観測機のALCに参加するための旅費を、本研究課題で申請する。

水星大気の生成メカニズムについては、1980年代から論争が続いている。太陽風や磁気圏プラズマの照射、微小隕石の落下、熱脱離などのプロセスにより土壌から湧き出てきた粒子の集まりであると考えられているが、室内実験において定量的な評価は行われていない。これまでの惑星科学は、超高層大気・プラズマ物理学を推進する学会と固体惑星・惑星表層を専門とする学会により推進され、各々が成果をあげてきた。水星大気の生成と維持には両学会の横断的議論が必要である。水星コアの惑星固体全体に占める割合が太陽系惑星の中で特異に大きいことと大気成因を関係づける学説もあるが、分野横断的な議論を経ずに結論はでない。室内における粒子と土壌の相互作用に関する模擬実験と、水星大気の分布に関する実際の観測データを組み合わせた研究が決定な証拠を与えてくれるはずである。そこで、スイスのベルン大学のブルツ教授が率いる室内実験チームと我々日本のチームが協働して水星大気に関する室内シミュレーションを行う。我々日本チームが2機の観測機から得られる観測データを提供し、それを裏付ける室内実験データをスイスチームと協働して取得し、相互に利用することで積年の水星大気の謎を解明する。水星に到着した後に行われるデータ解析の進め方を主導する申請者チームが、適切な実験パラメータを検討しながら、室内実験を行うことは効率的であるとともに、これまでにないユニークな試みである。